ヤンキーオリンピック

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| Name = ヤンキーオリンピック | Background = band | Alias = | Origin = Flag of Japan.svg 日本 熊本県 | Genre = パニック・パンクパンクハードコアパンクコミックバンド}} --> ヤンキーオリンピックは、2000年に熊本市にて、バンド八代(1999結成)解散後、松村・尾崎にて結成。。通称:ヤンオリ。初期は「尾崎慶彦&ヤンキー・オリンピック」と名乗り、現在は「ヤンキーオリンピック」表記に統一し九州を中心に活動中。「熊本の生ける(都市)伝説」

メンバー[編集]

2000年結成時のメンバーを「結成メンバー」。2001年春時点のメインメンバー9人を「オリジナルメンバー」とする。

現メンバー[編集]

  • 尾崎慶彦:ヴォーカル、ベース、作詞、作曲(ベースメンバー不在時はベース兼任)
結成&オリジナルメンバー
熊本県八代市出身。1979年11月生まれ。
映画(特にB級ホラー映画)に精通し、アマチュア映画評論家としても活動中。
洋楽を中心に音楽通。DJ OZAKI名義でも活動。
好きな食べ物は「スパゲティ」
無類のビール好きで、その酒量はメンバー随一。
  • 松村浩史:ギター、ヴォーカル、作詞、作曲
結成&オリジナルメンバー
熊本県八代市出身。AB型。1980年2月生まれ。
バンドリーダー。
熊本インディーズレーベル人間便器RECORDS代表。音楽イベント「人間便器NITE」オーガナイザー。
通称「まら社長」。「“人間便器RECORDS”という危なっかしい名前ため怪しい組織と勘違いされがちだが、音源リリース等のためにインパクトのある名前にしたかったのでこの様な名前にしてしまった。本来は音楽を愛する真っ当な団体である」とのこと。
プロレス・格闘技好きで、自身もアマチュア格闘家としても活動中。
DJ MARA名義でのごくまれに活動。。
現在長崎県在住。1980年5月生まれ。
2001年夏よりサポートメンバーとして加入(オリジナルメンバーではないがほぼ同時期に加入)。それ以降レギュラーメンバーとして活動。
「ほろよひ」ヴォーカル、ギター。
一級建築士
アウトドア登山マニア。
2005年加入。2007年脱退後、2010年再加入。
ガンプラ・ミニ四駆を中心に扱う模型店オーナー。
2005年加入。2007年脱退後、2010年再加入。
  • さっちん:キーボード、コーラス、ジャンベ
2007年加入。パーカッションとして加入後、現在はキーボード、コーラス(セリフ)を担当。
毎回ライヴごとに違うコスプレを行う。
従兄弟は「monterima」メンバー。
2009年加入。
藤本筋肉君に見られる旧来のボディービルスタイルと異なり、「動くボディービルダー」として注目を集める。
ドラマー不在時はドラムを務める。
  • 堀サトシ:四代目サイドヴォーカル、元ダンサー
2008年加入。ダンサーとして下積み後、ヴォーカルとして抜擢。

旧メンバー[編集]

  • 田中公平:タンバリン。結成&オリジナルメンバー
初ライヴを直前に一度クビになるが、2回目のLIVEより復活。2010年脱退。プログラミング担当として加入するも、初期の段階で見切りを付けられタンバリンに専念。10年間叩き続ける。
元shalom代表。
  • 中松ヨシオ:二代目サイドボーカル、元ドラム、元パーカッション。結成&オリジナルメンバー
ヤンオリ初ライヴ時はドラムだったが、その後パーカッションに降格。2005年宇野の脱退によりサイドヴォーカルへ。
2007年脱退。
  • 西尾純平ベースオリジナルメンバー
2005年頃脱退。その後、数度ダンサーとしての参加が目撃されている。
「紙を食べる」等、意味不明なパフォーマンスが多かった。歴代ベーシストの中で唯一楽器を放り出しパーフォーマンスに参加するベーシストであった。
  • 宇野マサオミ:初代サイドヴォーカル。結成&オリジナルメンバー
メンバー紹介では(サイド)ヴォーカルではなく「MC」としての表記が多かった。
そのルックスより「ウノ・ヴィシャス」として女性ファンの人気を集めた。
ライヴ本番中に「突如ステージからいなくなり、控え室で読書をする」「野外イベント突如ステージからいなくなり2階から登場する」等の奇抜かつ解りづらいなパフォーマンス得意としていた。
2005年頃脱退。
DJ UNO 名義で活動していた。
2001年加入。2005年脱退。
当時ステージ上での放尿・脱糞・全裸・放火、ライヴハウス原付爆走等々の体を張ったパフォーマンスで一目置かれる。
音楽イベント「MICちゃん」主催していた。(MICちゃんの由来は、釣り餌「生ミック」の“ミック”と映画俳優アーノルド・シュワルツェネッガーの愛称「シュワちゃん」の“ちゃん”を足したもの)
全日本柔道監督の井上康生は小・中学校の同級生。
現在は東京にて自身のバンドのヴォーカル・ギターとして活動中。
  • 上村ケンスケ:ドラム。オリジナルメンバー
2001年加入。2005年脱退。
パチスロにのめり込み所在不明になっていたが、2014年生存が確認される。
  • 田上翠:キーボード、コーラス。
2002年加入。アマチュアアナウンサーとしても活動。
出産のため休業中。現在も不定期に参加中。
  • 山口智彦:ベース。
2007年加入。2009年脱退。
現在は実家の家具屋を経営。
  • 三雲コシロウ:ドラム。
2007年加入。
当時は「THEローションズ」メンバーとしても活動。現在は「酔いどれフリーク」ドラマーとして活動中。
田上マサトシ再加入後も脱退扱いでなく、助っ人メンバーとして参加中。
  • ヒロショー:三代目サイドヴォーカル、ダンサー。
2007年加入。2010年脱退。
当時は見習い兼ダンサーだったが、サイドヴォーカルへ昇格。
しゃがれ声が特徴。
  • 原田ファミコン:パフォーマー。
2007年加入。その後は不定期に参加。
ステレオタイプアキバ系オタクキャラ設定。
初ライヴパフォーマンスよりオーディエンスを沸かせその評価は非常に高い。
  • 樋口“マンハッタン”雄介:パフォーマー。
2002年サポートメンバーとして加入後、レギュラーとして定着。
「ライヴの間ステージ上でひたすら飯を喰らう」というパフォーマンスが話題に。
2008年自身のバンド「赤裸々リーゼント」に集中するため脱退。
  • 福田純子:キーボード。結成メンバー
ヤンオリ曲は尾崎・松村共作の曲ばかりだが、一曲のみ例外曲(「さよならの頃」)の作詞・作曲を担当。
初ライヴ後脱退するが、2002年飛騨が警察にお世話になった際に代理でキーボードとしてサポート参加。
  • 長谷チャー:パーカッション。オリジナルメンバー
2004年脱退。
担当はパーカッションで常にマイバスドラをステージ上に持ち込み「バスドラをバットで叩く」「バスドラ・バックドロップ」という非常に荒々しいパフォーマンスが話題になる。「ヤンキーサンセット~僕が馬鹿になる前に~」ではカズーを吹いていた。
下戸。

旧サポートメンバー[編集]

  • 西ちゃん:パフォーマー。当初はオリジナルメンバーになる予定だったが辞退。
  • おにぎり:パフォーマー
  • ヨータ:パフォーマー
  • カリカリ松尾:パフォーマー
  • マーボ:三味線
  • 河津:ドラム
  • 健太:パフォーマー
  • 石井筋肉君:ボディービル
  • Wゆいちゃん:コーラス、キーボード
  • 江上:ドラム
  • 高田ダイスケ:ベース
  • ジョージ:ベース。正式には結成メンバーだが初ライヴ前に脱退。
  • こるり:アコースティックギター。正式には結成メンバーだが初ライヴ前に脱退。

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

「ヤンキー・オリンピック LIVE 2000-2009」 (2009年7月リリース) 2枚組ライブ盤 (NBR-008)

【Disk1】 ヤンキー・スマイル/ 地獄甲子園/ 焼き討ちじゃ!/ 泥棒猫/ 免罪符/ 金玉mind/ コックリさん・リターンズ/ 怨霊伝説/ 冬将軍/ STAY WITH ME~ヤクザが追ってきた~/ ホモばあさん/ オベベ!ウババ!~猿になろう~/ おでん君/ 豚ひき小僧/ さよならの頃/ ヤンキーサンセット~君が馬鹿になる前に~/ I LOVE S#ARP/ ヤンキーオリンピックのテーマ/ Enjoy!~今夜はPARTYだ!~

【Disc2】 S!E!X!/ 薄情者/ ドカタROCK~親方が殺された~/ ゲーム脳/ パンチラ君/ 人面犬/ シンナー・マジック/ ジハード~俺達の聖戦~/ バレンタイン・レ○プ/ ヤンキー・サプライズ/ 老婆心/ マラが街に帰ってきた/ 金玉マウス/ 新世紀/ 穴兄弟/ ウホッ!やらないか!?/ サンタがママをレ○プした/ 金玉 in my head/ ボーナストラック

*当初は2009年までの楽曲全部を収録予定だったが「ファッキン25才」「ヤンキーオリンピックのテーマ2」「農業LOVE」等のライヴ音源が見つからず断念。 また、2010年以降の新楽曲「どうせならハッピーエンドで」「バレンタインデーにチョコレート13個貰ったよ」等も未収録となっている。

シングル[編集]

「デモリンピック」 (2009年9月リリース) (NBR-009)

収録曲:免罪符/泥棒猫/人面犬

ヤンキーオリンピックヒストリー[編集]

  •  バンド八代解散後、新しいバンドをやろうと思った尾崎と松村は、2000年当時開催された「AIR JAM2000」のVTRを見て、その中でも特に印象に残った「鉄アレイ」の強烈な個性と「LOW IQ 01」の他メンバーと「喜納昌吉&チャンプルーズ」の様な人名+バンド名的なネーミングにしたバンドしようと話し合う。結成当初の仮名は「尾崎慶彦&逆チャンプルーズ」(喜納昌吉&チャンプルーズのテーマである「すべての武器を楽器に」というコンセプトをもじり「すべての楽器を武器に」というコンセプトで進める予定だった。
  •  正式なバンド名決定時に、松村が「ヤンキー・スマイル」、尾崎が「○○・オリンピック」(○○は何だったか現在不明)とそれぞれ案を持ってきたため、二人は同時に「ヤンキー・オリンピック!!」と声を出し、バンド名決定の運びとなった。(後に「ヤンキー・スマイル」は曲名として使われる)
  •  当初は周りのバンドとの差別化をはかるため「テクノ・ビリー」(サイコビリー+テクノ?)という新しいジャンルの創造や、アコギ3本にシーケンサー・プログラミングという実験的なリハーサルを繰り返すがもちろんうまく行かず、ツインボーカル+ギター+ベース+ドラム+キーボードというバンドスタイルになっていく。
  • 初ライヴ後、バンド八代が再結成&フルアルバムリリース&レコ初ライヴのため4ヶ月ほどヤンオリ活動休止状態に。しかし2000年春には新メンバー(オリジナルメンバー9人)で本格的に活動開始。
  • バンドスタイルに多人数のパーカッション(初期は各自本格的なパーカッションを使用していたが、毎度ライブ時の破壊行為によって故障していく)という目新しいスタイルを確立。所属レーベルのテーマである「ライヴは運動会だ!」[1]というコンセプトを元に、激しいステージングを展開してた。

脚注[編集]

  1. イースタンユースが「ライブは運動会ではない」という発言より由来。


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ウィキペディアにも「ヤンキーオリンピック」の項目が執筆されていましたが、削除されてしまいました